アナログちゃんのこっそり映画鑑賞記

自宅でこっそり鑑賞した映画についてぽそぽそつぶやきます。

【ありふれた教室】映画感想|耐えがたい超ピリピリの100分間|完全ネタバレ

ずっと観たかった映画『ありふれた教室』をようやく観ましたので、今回はその感想です。

 

私がこの学校の教職員にまず言いたいのは、大人なら財布・貴重品は肌身離さず持っとけ、ということです。リーベンヴェルダとかなんなん?オレの財布が盗まれたとギャーギャー騒ぐ前に、そこ、ちゃんとしてくださいよ。

 

というわけで、超ピリピリで想像以上に面白かったので、感想など思ったことを書きました。

 

この記事は映画『ありふれた教室』の完全ネタバレ記事となります。未観賞の方は、ご注意ください!

ありふれた教室

 原題:Das Lehrerzimmer/上映時間:98分/製作年:2022年

ありふれた教室

 

 映画【ありふれた教室】の作品概要

監督:イルケル・チャタク
脚本:ヨハネス・ドゥンカー、イルケル・チャタク
出演:レオニー・ベネシュ、レオナルト・シュテットニッシュ、エーファ・レーバウほか

 

アカデミー賞で、なんと国際長編映画賞にノミネートされています。また、第73回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門では、W受賞を果たしました。

監督はドイツ・ベルリン生まれのイルケル・チャタク。トルコ系移民の息子であるイルケル・チャタクは学校について「まるで小さな国家です」と話しています。学校で起こった出来事が社会の縮図として描かれているので、他人事と思えずすんなり物語の中に入っていけました。

監督は、ヨハネス・ドゥンカーと共同で、本作の脚本も担当しています。

 映画【ありふれた教室】のざっくりあらすじ(序盤)


www.youtube.com

主人公のカーラは、高い志を持った正義感の強い女性教師。ドイツで7年生の生徒に数学と体育を教えている。仕事熱心で子供思いのカーラは、生徒から概ね人気があるようだ。

 

その学校では、しばしば窃盗事件が起こっていた。ある日カーラの授業中に、校長をはじめとする教師がズカズカとクラスに入って来て、女子生徒を廊下に追い出し、抜き打ちで男子生徒の持ち物検査を行う。トルコ系移民の生徒アリが大金を持っていたため両親が呼び出しをくらい、生徒が大金を持っていた理由を問いただされた。はぁ?いとこのプレゼントを買うために渡したのよ、と両親。アリの疑いは晴れたものの、カーラは教師らのこの抜き打ち検査が気に入らなかった。

 

その後カーラは、教員室のコーヒー代(小銭)を職員が盗む現場を目撃してしまう。生徒ばかり疑い圧力をかけてるけど、実は盗んでいるのは大人なのでは?カーラはそう思った。そして、これ以上子供たちにストレスを与えないため犯人を見つけようと思い、オンライン会議で使った自分のPCのウェブカメラをオンにしたままにしておいた。

 

体育の授業に行って戻って、教員室のイスに掛けていた上着のポケットに入れていた財布を確認。すると財布の中からお札が何枚か消えていた。(;°-°;))) 

急いでPCの録画を確認すると、学校の事務係クーンが着ていたのと同じ柄のシャツが映り、えぇーっΣ(  Д )ﻌﻌﻌﻌ⊙ ⊙てなる。カーラはクーンのところヘ行き、罪を認めさせようとするが、クーンは逆ギレ。「私が泥棒だと言うの!?」とカーラを責めはじめました。その後は校長やクーンの息子オスカー(優等生)まで巻き込み、どえらいことになっていくという話です。

 

 ドイツの教育レベル高!

映画『ありふれた教室』の体育館での授業光景の画像

画像引用:映画『ありふれた教室』公式サイト

こんなの数学で習ってないような...

冒頭カーラは、生徒たちに0.9999…と1は、同じか?と訊ねます。


生徒「違う数です」
カーラ「では、前に来てなぜ違うか説明して」

こんなん、大人でも無理やろ!

 

ハティチェという生徒が、1ー0.9999…=0.11111…の余りが出るから同じではないと答えました。おぉ説明が賢いと思っていると、先生は大勢の生徒に
「これは証明?(それとも)主張?」と訊ね、他の生徒が口々に「主張だよ」と。要は証明になってないぞ!と言っているのです。そこでこのストーリーのキーパーソンである優等生のオスカーが挙手。以下がオスカーの説明です。

 

0.11111=1/9
1/9×9=1
よって0.9999=1


これが正解だと。ごめん、オスカー。全然わからんわ。

賢くなさそうな子がまだ「0.9999と1の間に隙間が...」とか言ってて、その子にシンパシーを感じました。

 

その後カーラは「証明で大事なのは1つ1つ導き出していくことよ」と、説明。

ハティチェのは主張で、オスカーのは証明ですと。主張と証明の違い。これが本作品の重要なテーマになっていきます。

 

体育

1つの跳び箱に6人乗るためにはどうすればいいか?皆で考えましょう!みたいな授業をやっていました。これもオスカーの提案で、向き合った2人ペアが手を引っ張りあえば良いと。3組のペアが互いの手を引っ張り合うようにすれば、見事6人が跳び箱に乗ることができました。凄い!

 

ただ、こんな知恵が必要になるときは、相当な修羅場じゃないですかね?

 

 犯人が誰かは最後まで明かされない

事務係のクーンの画像

画像引用:映画『ありふれた教室』公式サイト

犯人は映画のラストで明かされませんが、99.999….%ぐらいの確率でクーンだと思います。しかし0.00000…1%の確率で、クーンが犯人ではない可能性も秘められていてそこが『ありふれた教室』のストーリーの面白さになっています。

これについては、99.999…=1とカーラは授業で説明しているので、クーンが犯人だったという解釈でいいと、個人的には思っています。

 

私は、それ以外の部分を見てもクーンが犯人だと思いますよ。もしもクーンに盗みの心当たりがないのなら、ブチキレたりせずに何かもっとちゃんとした説明をするでしょう。衣類が映っていたことに心当たりがあれば「用事があってあなたの席に行ったから私の服が映り込んだんだろうけど、お金は盗んでないですよ」と、落ち着いて話せるはずです。これは誤解なんだと。

 

校長もいることだし、相手がカーラのような人柄であれば、本当に無実なら分かってもらえると思う。その上で、カーラの独善的な態度を指摘すればいい。

 

でもクーンはそれをしなかった。謹慎食らって黙って従えるのは、結局やったからでしょ。だからクーンが犯人だと思います。息子オスカーが小遣いの貯金を払いそれで済ませようとしたのも、カーラのPCを盗んで川に捨てたのも、実際は母親(クーン)が盗んだと思っているからでしょうね。ただ、最後までハッキリと犯人が描かれないので、観客はこの学校内にいる人と同じ状況に置かれたままです。なんか現実味があってモヤりました。

 

 映画【ありふれた教室】における主張と証明の違い

カーラは数学の授業中、生徒たちに主張と証明の違いを教えましたが、クーンが泥棒したことを証明できないまま、物語は幕を閉じました。カーラのPCの録画にクーンの衣類が映っていたから、というのはカーラの主張に過ぎなかったと思います。

カーラはクーンが盗んだという事実を、1つずつ丁寧に証明していくべきだったのでしょう。理不尽な結末ですが、言っていることは正しくても、やり方がまずかったのだと思います。

 映画【ありふれた教室】の学校は現代社会の縮図

監督は学校が社会の縮図だと語っています。ですから映画『ありふれた教室』で描かれていることは、誰にとっても身近な脅威と言えるでしょう。ドイツだけでなく、世界中の映画ファンから共感されているらしいです。なんか、納得できますね。

冒頭シーンで描かれるゼロ・トレランス方式

冒頭、教師らが校内で相次ぐ盗難事件について「心当たりのある生徒はいないか?」とルーム委員に尋問するシーンがあります。強制ではなく任意だと言いながら、協力を求める男性教師リーベンヴェルダ

この学校では、違反した生徒に罰則が与えられるゼロ・トレランス方式(不寛容方式)が採用されています。カーラは、不寛容方式に疑問を持っている教師で、他の教員とも意見が合いません。

このルーム委員が密告を強いられた件については、後の保護者会で女子の保護者によって「心理的な抑圧」と批判されました。カーラは自分も納得がいかないやり方を他の教員が採用したせいで、結果保護者から責められることになったのです。

おそらくドイツでは、チクるという行為(密告)がとても嫌悪されているように思います。過去の歴史からでしょうか、子供もチクることをとても嫌がっていました。それなのにこんな圧力を子供にかけるのか?と保護者は怒っていたのだと思います。

学校での盗難事件の嫌な空気

子供の頃、教室で誰かの給食費がなくなるたびに、机に伏せるあの嫌~な空気を思い出しました。誰も見てないから盗んだ人は手を上げて~の時間です。教師は誰が手を上げているか知ろうと盗み見した生徒に、ブチキレ...。まぁ、そこでブチ切れるのは正しいです。ただ、もうなんか怖いんですよね๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐

 

で、もうそこからスケジュールとかが、めちゃくちゃになる。自分が何かしたわけではないですが、あの時間の嫌~なムードだけは忘れられません。

集団ヒステリー状態となる生徒&教師

カーラの授業光景の画像

画像引用:映画『ありふれた教室』公式サイト

クーンとのトラブルの噂が広まったことでカーラの評判はガタ落ちとなり、生徒たちは授業をボイコットします。ボイコットとはいえ学校を休むわけではなく、席に座ったまま皆でノーリアクション攻撃(  ˙-˙  )(  ˙-˙  )(  ˙-˙  )。いつも手を叩くところで、叩かない。言うことを聞かないなど、教室内でカーラを無視することで、日頃の鬱憤を晴らします。

 

ある種の集団ヒステリーのような感じで、誰もがカーラ対して刺々しく、そして冷たくなっていく。保護者会のシーンも微妙でした。保護者らは常日頃、SNSで連絡を取り合っているんですね。だからあらかじめ、いじめのような嫌なムードが出来上がってしまっているように思います。

 

そこへクーンが遅れて到着し、こっそり動画を撮影していたことをバラしました。スパイ・密告行為・名誉毀損・誹謗中傷、なんでもありだと叫び、さも自分が被害者のように嘘を(多分)喚き散らしてしまったので、保護者たちの評判も下がります。やったもん勝ちですね。

 ルービックキューブの意味は?

ルービック・キューブをするオスカーの画像

画像引用:映画『ありふれた教室』公式サイト

カーラはオスカーにルービック・キューブを貸す際、アルゴリズムについて「ある問題を解くための手順のことよ」と説明しています。

アルゴリズムとは、ある問題を解決するための手順や計算方法、目標を達成させるための手順のこと。

カーラは、オスカーにアルゴリズムを教えておきながら、クーンの盗難事件に関しては、全く手順を踏んでいなかった。

対してオスカーは、学校新聞担当のクラスメートに自分の状況を訴えかけました。クーンも保護者会で、カーラが職員室を隠し撮りしていたことを暴露し、カーラを不利な状況に追いやります。

オスカーはラストシーンの直前で、全面揃えたキューブをカーラに返却しました。要はマスターしたよ、ということなのでしょう。

 

 映画【ありふれた教室】の超胸クソ&面白ポイント

個人的に面白いと思った箇所や胸くそポイントを、以下でまとめています。

正義の敗北とその理由

このカーラという教師は、相手(クーン)が罪を犯したのだから、自分の正義が通ると思っている。が、そうはならない。そこに『ありふれた教室』の面白さがあります。

現実でも大抵皆この罠に嵌まります。多分子供の頃から、正義が勝つアニメ・ドラマ・映画などを見過ぎている。でも現実にはなかなかそうならないから「アレっ?」て思うような。

この映画で描かれているのは正義の敗北。そして正義の危うさ、他者を断罪することの危険性といった感じでしょうか。もちろん、正しい主張が通るべきですが、なかなかそうならないときに、どうするかということを考えさせられる映画です。

また、物静かなオスカーが自分の境遇を広報担当のクラスメートに話したことも大きいです。実はオスカーは、アルゴリズムを理解していた(笑)。噂によって集団の心がある1つの方角に向かってだだだーッと動き、本当はカーラのほうが被害者なのに、まるで加害者のようにでっち上げられてしまいました。

 

なによりもオスカーがゴネてグズっているうちに、カーラ=加害者というイメージが、オスカー、生徒たち、保護者、そしてカーラ自身にも勝手に出来上がってしまったことが大きいです。オスカーや生徒らはオスカーの停学をカーラのせいにするけど、それはクーンのせいでしょ?

 

一方で校長や教員らはカーラが被害者なのだと、はっきり認識しています。盗みを働いたクーンや暴力を振るったオスカーが悪いのだと。

 

しかしカーラは協力してくれる教員を遠ざけ、生徒へクラス新聞のインタビューにまで答えてしまいました。これにより、学校全体の評判を落としてしまう。カーラを悪者のような目で見る生徒たち。現代社会も大体こんな感じですよね。

 

納得がいかないラストシーン

教室で中指を立てるオスカーの画像

画像引用:映画『ありふれた教室』公式サイト

ラストシーンでのオスカーは、椅子に座ったまま神輿のように担がれて退場します。まるで殿様。まるで王様。理想主義者のカーラは、オスカーを甘やかしてしまい、まんまと一杯食わされたのだと思います。

オスカーはこのクズな社会で生き抜くためのアルゴリズムを見い出し、寛容なカーラを利用して苦境を打破しました。

 

こうして、「オスカーは泥棒の息子だと罵られいじめられる」という最悪のシナリオを回避できたのです。

孤立無援状態に陥るカーラ

カーラは生徒を守ろうとしているのに生徒にはそれが伝わらず、不寛容な教師たちの濡れ衣を着せられる。それはちょうど、中間管理職の人が感じるようなジレンマなのかなと思いました。学校のシステム自体が生徒たちの気に入らないものなのに、の窓口にいるカーラが叩かれてしまう

 

こういうカーラを叩いているような人たちは、大体そうです。本当に気に入らないことがあるなら、校長やリーベンヴェルダに文句を言えばいい。それなのに理解がありそうな、寛容なカーラのほうに付け込む。学校の不寛容方式に不満があるなら、不寛容方式を率先して実行する人物の責任でしょ。

男性教師リーベンヴェルダとミロスが写っている画像

画像引用:映画『ありふれた教室』公式サイト

 

一方でリーベンヴェルダやミロスなどの教員たちも、学校新聞が販売されたことでカーラを責める。リーベンヴェルダは「僕が人種差別するか?」と、愚痴を連発。教員室はカオスと化しました。自分らが学校新聞でやり玉に挙げられたのは、日頃の行いではなくカーラのせいだといわんばかりです。

 

こういうパニックの状況になると、出来事と深く関わりのあるようなその場に居合わせた人物が不利益を被る。カーラが正しいことをしているかどうか、なんてみんなどうでもいいんだと思います。

 

オスカーの停学にしても、カーラは最後まで反対していました。PCを盗まれ、怪我をさせられていたにも関わらずです。しかし停学になったオスカーはカーラを敵視し反抗的。そもそも、あんたの母親が悪いんだよ、と言ってやればよかったのに。生徒&保護者からの批判を受け、傷付いたのはカーラ。教師側にも生徒側にもつけず、孤立するあたりは、超胸クソ展開と言えるでしょう。

 

寛容なカーラの傲り

まぁ、確かにカーラにも落ち度はあると思います。

カーラは子供をあまりにも甘く見ていた。傲りですね。オスカーに怪我までさせられているのだから、そこを突けば親であるクーンの落ち度になる。きっかけはともかく、オスカーはPCを盗んだうえ逃走し、川に捨てた訳ですから、これも立派な犯罪行為といえるでしょう。目の周辺の傷について、皆の前でオスカーにやられたと言い、PCも盗まれたと話せばどうなるか。

 

こんなことする子供の親なら、盗みをしてもおかしくないと思われるはずです。しかしカーラは教師としての自分の理想像に縛られているから、ついついオスカーを庇ってしまう。

 

自分を守る術はあった。でもこういう状況のとき、条件反射的に日頃のお人よしなクセが出てしまったのもあるでしょう。オスカーが大事なのはわかるけど、他の生徒は自習で放置でしょ。そこはちょっと無責任な気がします。まるで本来の目的を見失ってしまったように、感じられました。

まとめ

集団ヒステリーのせいで、本当はどっちが悪いのかわからなくなる。現実もこんな感じだなぁと思いました。臨場感あふれる100分間で、あまりにも完成度が高い作品です。

 

正しさとは、なんだろう?

 

主張がいくら正しく思えても、上手いやり方を考えないと世の中に理解してもらえないのだと思いました。もしも私がカーラなら、自分が隠し撮りしておいて、いきなりクーンに文句を言うことはないだろうと思います。様子を見て、機会を待ったほうがよかったよ、カーラ。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございます!

 

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