ドラマ版『LORD OF THE FLIES / 蠅の王』を観たので、そのキャストやあらすじ、感想を書きました。獣の正体やサイモンの死についても、考察しています。
蝿の王って、バトロワとかハンガー・ゲームみたいなサバイバルものに分類されがちですが、そうじゃないと思う。まぁ、確かに無人島で子どもたちが生き残ろうとする超胸糞な話ですが。とにかく、今のような時代に触れておきたい作品だと感じました。
本記事はドラマ『LORD OF THE FLIES / 蠅の王』の完全ネタバレ記事となります。また、ウィリアム・ゴールディングの原作『蠅の王』や、ハリー・フック版映画『蠅の王』にも幾分触れています。未読・未見の方はご注意ください!
- ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】の作品概要
- ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】の登場人物(キャスト)
- ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】のあらすじ(完全ネタバレ)
- 蠅の王のほら貝は民主主義の象徴
- 獣(ケモノ)について
- ドラマ版【蠅の王】サイモンの死の描かれ方
- 煙か肉か?理性派と本能派の対立
- 悪夢のような宴のシーン
- ドラマ版【蠅の王】のラスト(完全ネタバレ)
- ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】の総合的な感想
- まとめ
ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】の作品概要
原題:Lord of the Flies/上映時間:4話合計で239分/製作年:2026年
画像引用:BBC制作 海外ドラマ「LORD OF THE FLIES / 蠅の王」 2月20日(金)より U-NEXTにて独占配信開始 | ソニー・ピクチャーズ公式
原作:ウィリアム・ゴールディング
監督・製作総指揮:マーク・ミュンデン
脚本・製作総指揮:ジャック・ソーン
出演:ウィンストン・ソイヤーズ、デヴィッド・マッケンナ、アイク・タルボット、ロックス・プラット、トーマス・コナーほか
原作は、ウィリアム・ゴールディングのディストピア小説『蠅の王』。蠅の王をディストピア小説とみなすことに様々な意見があるようですが、個人的にはディストピアだと思いますね。理由としては、ユートピアを思わせる美しい自然に恵まれた島が地獄絵図と化すことや、外の世界では大人たちが戦争をしていることなどが挙げられます。また原作では設定が近未来というのも、それっぽくて面白いところです。
『蠅の王』は、過去に2度映画化されています。ピーター・ブルック監督による1963年版とハリー・フック監督による1990年版がありました。そして今回、BBC制作のドラマ『LORD OF THE FLIES / 蠅の王』の配信が2026年2月20日(金)からはじまっています。こちらはU-NEXTで独占配信されています。
ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は、スティーヴン・キングの愛読書としても有名です。脚本は、ネトフリで評判の良かったドラマ『アドレセンス』でしられるジャック・ソーン。
ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】の登場人物(キャスト)
まずはドラマ版『LORD OF THE FLIES / 蠅の王』の、非常に濃い登場人物をご紹介します。
ラルフ(演:ウィンストン・ソイヤーズ ■ CV:沢城みゆき)
画像引用:BBC制作 海外ドラマ「LORD OF THE FLIES / 蠅の王」 2月20日(金)より U-NEXTにて独占配信開始 | ソニー・ピクチャーズ公式
本作の主人公となる少年。優しく、常識のある振る舞いができる。しっかり者で第一印象も良いことから、島でのリーダー(隊長)に選ばれた。一刻も早く島から救助されたいと思っていて、島でも大人たちを模倣しなるべくまともな暮らしができるよう努める。
ラルフは民主主義を体現したような人物。常に当たり前のまともな生活ができるように、努力しています。責任感も強い。身体能力も高いので、襲われても防衛能力がある。
ピギー(演:デヴィッド・マッケンナ ■ CV:花澤香菜)
画像引用:BBC制作 海外ドラマ「LORD OF THE FLIES / 蠅の王」 2月20日(金)より U-NEXTにて独占配信開始 | ソニー・ピクチャーズ公式
丸顔でぽっちゃりした少年。近視なので眼鏡をかけている。教養があり物知り、そしてオタク。せせらぎをたどれば、水場にたどり着けるなど、様々な助言をラルフにする役目を担っている。口は達者だが、喧嘩にはめっぽう弱い。喘息持ち。
ピギーはとにかくトイレ周りのことにやかましく、チビちゃんたちが好き勝手な場所で用を足していることが許せない。水場でするな、果物の木の近くでするな、と衛生問題を非常に気にしている。
知性のシンボルのようなキャラクター。本当の名前はニッキー。終盤にはラルフが本名で呼ぶシーンがある。この展開はドラマ版のみ。
サイモン(演:アイク・タルボット ■ CV:佐倉綾音)
画像引用:BBC制作 海外ドラマ「LORD OF THE FLIES / 蠅の王」 2月20日(金)より U-NEXTにて独占配信開始 | ソニー・ピクチャーズ公式
修道院出身の内向的で繊細な少年。聖歌隊のメンバーだったが、主にラルフとつるむようになる。慧眼の持ち主。変わり者だが、優しく感受性も強い。ジャックのことをよく知っている。このちょっとぼんやりした子供が、実は善や道徳心の象徴。
サイモンは父親から暴力を受けた過去があり、ジャックと同じ修道院に入っていた。クリスマスシーズンなどの長期休暇で、親元に帰らないのはジャックとサイモンだけ。サイモンはラルフやピギーに、島での暮らしが好きだと明かす。それまでに辛い過去があったにも関わらず、ジャックのようにグレていない。稀な少年なんです。
ジャック(演:ロックス・プラット ■ CV:田村睦心)
画像引用:BBC制作 海外ドラマ「LORD OF THE FLIES / 蠅の王」 2月20日(金)より U-NEXTにて独占配信開始 | ソニー・ピクチャーズ公式
修道院から来たちょっと不良っぽい少年。聖歌隊のリーダーだったことから、狩猟隊のリーダーになる。隊長に選ばれなかったことがよほど悔しかったのか、以後ずっとラルフを妬む。議論に強いピギーとは犬猿の仲。
野蛮さや独裁のシンボルのようなキャラクター。本能剥き出しで狩猟に励み、成果を出すと少年たちを高圧的に支配した。承認欲求も強い。またこの承認欲求が、ジャックを突き動かし、どんどん悪に染まっていく。
序盤から墜落した飛行機の操縦士を弔うとき、1人だけ「アーメン」と言わないなど良識に欠ける部分が目立つが、最初の内は山火事の際小さい子を懸命に助けるなど、勇敢なところもあった。
双子【サム&エリック】(演:ノア・フレミング&キャシアス・フレミング)
常に行動を共にしている双子の少年。おとなしい性格。基本的にはラルフを支持しており、野蛮さもない。悪い人たちではないが、優柔不断。
ロジャー(演:トーマス・コナー)
ジャックの仲間で聖歌隊のメンバーでもある。ロジャーはサディズムを象徴したような人物で、ある意味、ジャックよりも恐ろしく残酷。序盤はジャックの子分的な存在でパッとしないが、小さい子を脅かして楽しむシーンもあり冷笑的なしぐさが目立つ。終盤にはこのロジャーが凶暴化し、ジャックも引くくらいヤバかった。
ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】のあらすじ(完全ネタバレ)
ドラマ版のあらすじは、以下のとおりです。完全ネタバレとなりますので、未見の方はご注意ください!
【第一章】ピギー
疎開中の子どもたちを乗せた飛行機が墜落した。生き残った子どもたちは30名ぐらい。年齢も6歳から12歳ぐらいまでで、様々だった。
リーダーに選ばれたのは、年長でしっかり者のラルフ。立候補したが、リーダーに選ばれなかったジャックは不機嫌になった。
ラルフは島で焚き火をして、自分たちが遭難していることを周囲の大人に知らせようと提案する。そこで年長組が山の上へ登り、ピギーのメガネを使って火をおこし焚き火を囲んだ。ところが木が乾燥していたため、焚き火は大きな山火事へと豹変してしまう。
一同は一目散に山を降り、砂浜の木陰で昼寝をしているちびっこたちを避難させる。しばらくすると山火事は治まった。
【第ニ章】ジャック
会議中、小さい子たちから「ケモノがいる」という複数の報告があった。小さい子たちはこれらの恐怖からか、落ち着きがない。ラルフのいうことも聞かず、遊びほうけるようになっていた。
誰かが獣の話をすると皆の顔から、笑顔が消える。「獣なんかいない」そうなだめるジャックやラルフですら、半信半疑だった。
ジャックは豚を狩るために戦化粧をする。狩猟隊のメンバーもジャックを真似た。
狩猟隊は何とか豚を仕留めるが、そのせいで焚き火の当番が不在となった。ちょうどそのころ、ピギーや幼い子供たちは、沖合に船を見つける。大声で船に助けを求めるピギー。でも狼煙が上がっていないので、気づいてもらえなかった。
消えた焚き火を見たラルフは激怒。狩猟隊が狼煙を上げる約束だっただろ?と。責め立てられたジャックは孤立する。
【第三章】サイモン
焚き火当番だった双子が、向かいの岩山の山頂で、獣を見たと言い出した。堪えきれなくなったジャックは、皆で獣退治に出かけようと提案する。
年長チームで獣退治に出かけるが、日も暮れ始めたので半分以上が撤退し、最終的にはジャック、サイモン、ラルフ、ロジャー、モーリスだけが残った。
岩山に近づいた5人は、大きく羽を広げた怪物らしき生き物を見て、仰天する。皆は一目散に逃げたが、サイモンだけは一瞬立ち止まり、その化け物らしき姿を凝視して、確認する。
恐怖でカッとなったジャックは、砂浜の本拠地に戻り、皆に獣を見たと言って恐怖を撒き散らした。「数メートル先から僕らを睨んでた」というジャックの言葉に怯えるおチビたち。
その後ジャックは、ラルフからリーダーの座を奪おうとした。ラルフとジャックは取っ組み合いの喧嘩になり、ジャックが勝利。ここで大勢の少年がジャックのほうに流れた。
豚を狩ったジャックは、焚き火を囲み宴を始める。少年たちは野蛮人化し、奇妙な雄叫びを上げていた。戦化粧に全身泥まみれ。大声で叫びながら、狩った豚を食べた。
サイモンは宴を抜け森の奥へ入った。そこで棒に突き刺された豚の生首、すなわち「蠅の王」と対峙する。それはジャックたちが狩りをした際、獣に捧げたものだった。
焚き火の前でジャックは、獣を退治するとイキる。もはやラルフと、ピギー以外の少年は、皆ジャック側へ行ってしまった。高揚した少年たちは「ケモノを殺せ、喉を切れ、血を流せ!」と叫ぶ。
少年たちは調子に乗って奇妙な踊りを始めた。中にはブリッジを始める者もいる。雄叫び、踊り、ブリッジのカオス。ラルフとピギーは、焚き火の前で呆然と立ち尽くす。
蠅の王と対話し真理を得たサイモンは、急いで皆の元へ急ぐ。少年らは、駆け込んで来たサイモンを、ケモノと間違え殺してしまった。
【第四章】ラルフ
サイモンが殺され、悲しみに暮れるラルフ。ピギーはサイモンのことで、会議を開くべきだと言う。
そんな折り、ピギーの眼鏡が盗まれた。ジャック率いる集団がラルフやピギーの寝る小屋に押しかけ、暴力的なやり方で奪っていったのだ。ジャックは、火を起こすための眼鏡が必要だった。
ド近眼のピギーは、眼鏡がないと何もできない。そこでジャックのアジトへ抗議に行く。返すのが正しいのだから返せと。しかし高所にいるロジャーがピギーに大きな岩を投げたため、ピギーは頭部を負傷した。
しばらくしてからピギーは息を引き取った。仲間だった双子もジャックの手下から無理矢理拘束され、ラルフは完全に孤立する。
権力を得たジャックは、ラルフを殺せと少年たちに命令する。ラルフが見つからないと、森林に火をつけいぶりだそうとした。森林で大規模な火災が発生したので、ラルフは海岸をめがけて走った。
砂浜に出ると遠くに海軍士官が立っていた。
大人の士官は、ラルフにいくつかの質問をした。野蛮人化した少年が次々砂浜に飛び出して来たので、士官は目を見張る。
「最初は上手くいっていたんです」ラルフは、涙を流しながら答えた。救助されることになったので、子どもたちはサッと素に戻り、ボートの方へ歩く。顔色を変え硬直していたジャックも、トボトボとボートの方へ向かった。
蠅の王のほら貝は民主主義の象徴
ピギーはI Love 民主主義な少年。民主主義のルールに取り憑かれており、終始ほら貝を抱いていました。ほら貝、ほら貝うるせぇ。
子どもたちは最初、ほら貝を持つ者だけが発言できるというルールを作りました。どんなに小さい子でも、ほら貝を持てば皆に意見を主張できます。
しかしピギーが眼鏡を盗まれた時でさえ、このほら貝をしっかり抱いていたことには驚かされました。ジャックたちは火を起すため、眼鏡が必要で乱暴に奪っていったのですが、ピギーとしては「ほら貝が盗まれる!」と思ったのです。ほら貝を抱きしめ、肝心な眼鏡を奪われてしまうとは!
野生化したジャックらにとって、ほら貝はただの貝殻。リベラリズムの権威性も象徴していますが、あくまで民主主義者にとって有効なものでした。ルールを守らないヤツには、通用しないアイテムだということをピギーは感覚的に理解していなかったのかもしれません。
ピギーが致命的な負傷をした瞬間、ほら貝も粉々に砕け散ってしまいます。このシーンは、すごく悲しかったです。
獣(ケモノ)について
獣について、正しい答えを知っていたのはサイモンだけです。サイモンは、獣(ケモノ)=人間の中に潜む邪悪な部分だと、気づいていました。
獣とは何だったのか?
実際にはパラシュート降下兵の死体でした。ジャック、サイモン、ラルフ、ロジャー、モーリスの5人で目撃し、ジャックたちは、血相を変え逃げました。でもサイモンだけは、一瞬立ち止まって凝視します。実はこれ人間じゃね?とサイモンは、思ったはず。でも確信が持てないので、なかなか皆に言い出せないのです。
宴を抜け出したサイモンは「蠅の王」と向き合うことで、真実に気づきました。ケモノとは、自分たち少年の心の中に棲む悪や野蛮さだとわかったのです。ケモノを恐れていたジャックらが、その悪を体現するようになるとは、何とも皮肉な話。
原作でのサイモンは、その後1人でパラシュート降下兵の近くまで行って、ジャックらが見たというケモノが人間の死体であることを、確認しています。
獣の正体を自分で確認したのはサイモンだけ
ジャックは「倒してやる」とイキリながら、ケモノに対する少年たちの恐怖心を利用し、じゃんじゃん味方を増やしていきました。怖いヤツと戦ってやるぞ!というポーズだけで、ほとんど何もしていない。豚を狩ったことと混同し、ジャック=強いというイメージが小さい子の間で出来上がってしまったのでしょう。
一方でサイモンは、自分でケモノの正体を確かめようとしました。物の本質を見抜くことができるサイモンは、少年たちの間では、異質の存在です。サイモンは、本当はジャックが自分と同じく臆病であることを見抜いていて、自分の弱さも素直に認めることができる。変な子と言われてますが、実は皆よりもちょっと大人なんだと思いました。サイモンは、隠れ家みたいな場所を見つけ、1人の時間を過ごしたりもします。
ラルフやピギーは、頭ごなしに「ケモノはいない」と決めつけながら、気持ちがぐらつく。未知なる物に対しては、向き合っていく勇気がないんです。いつも大人のマネばかりだったので、想定外の出来事には対処しきれず曖昧な対応ばかり。
結果怯える小さい子たちは、勇ましいことを言うだけのジャックに流れていく。私はラルフやピギーが、もっとサイモンの意見を聞くべきだったと思います。
ドラマ版【蠅の王】サイモンの死の描かれ方
サイモンの死は、善の消滅を意味しています。ドラマ版ではサイモンの死の表現が、原作のイメージに近く、より神聖なるものとして描かれていたような気がします。ただ、サイモンが豚の生首である「蠅の王」と対峙して、ケモノの本質を見極めるというシーンは、ドラマ版だけだと説明不足にも感じました。ここがちょっと分かりづらいんです。
ケモノの正体を掴んだサイモンは、皆を安心させたくて急いで宴の場へ向かいます。しかし集団の狂気から、ケモノと間違えられ無惨にも槍で突かれて、殺されてしまいました。これは全バージョン共通。個人的には、ハリー・フックの映画版が一番グロテスクに感じられました。
ドラマ版では、サイモンがケモノの正体にうっすら気づいていたのに、言い出せなかった。だから宴を抜け出し、蠅の王の所へ行きます。その後戻ってから例の惨事が起こるという流れです。ドラマでは「蠅の王」の声を聞くだけで、パラシュート兵の遺体をじっくり確認するシーンがないので、ここは原作を呼んでいないとちょっと分かりにくいかもしれません。
ドラマ版ではサイモンの犠牲が、イエス・キリストのように尊いものとして描かれています。
原作では、翌朝ピギーが後ろめたさから「あれは事故だった」と自己弁護したりして、ちょっとひどい。ラルフが、野蛮人化した連中に紛れていたことに罪悪感を感じるのは、ドラマもほぼ原作と同じです。
煙か肉か?理性派と本能派の対立
理性派に属しているのは、ラルフ、ピギー、サイモン、双子などです。その他の小さい子たちも、最初は誠実で優しそうなラルフを支持していました。ラルフは救助されるまでの間、なるべく安全にそして快適に、文化的な生活をしたいと願い、小屋を建てる仕事にも励みます。またラルフは、救助隊に知らせるための烽火が何よりも大事だと考えていました。
「最初は上手くいっていた」ラルフの言うとおり、漂流後数日は、島での大人を真似た文化的な暮らしが維持されます。がしかし、ケモノへの恐怖心が少年たちの心を揺さぶりました。
ラルフは次第に煙に取り憑かれた少年と化し、狼煙の重要性をやたらと説教。煙、煙うるせぇよ、そう思った小さい子たちは、肉を食べさせてくれるジャックサイドに回りました。
ジャック、ロジャー、モーリスは本能派。獣への恐怖心からくる苛立ちを豚にぶつけ、食糧を確保することで、自分たちを正当化します。でもパッと見はただの野蛮人。体中に泥を塗りたくり、戦化粧をして豚を捕獲。宴では狂ったように踊り、危険な遊びを楽しみました。
ラルフからすれば、毎日煙を上げておとなしく救助を待つ、という簡単なことがなぜできないのか?という感じでしょう。しかし小さい子たちは、救助が来るか来ないか分からない状況で、ケモノに脅えながら受動的に待ち続けるのは辛い。獣と戦うと宣言するジャックを頼もしく感じたはずです。
小さな子たちはジャックのように悪ぶることを覚え、ラルフをバカにするようになっていきます。しかし当のジャックはラルフからリーダーの座を奪い、独裁することが目的なので、実際に獣と戦う気があるかどうかも疑わしい状態でした。
少年たちを突き動かしたのは肉を食べたいという欲求と、ケモノに対する恐怖心です。理性派が本能派に負ける瞬間。義務教育の敗北のようなものを感じました。
悪夢のような宴のシーン
豚を捕獲したジャックが開く宴は、野蛮極まりないのですが、ラルフとピギーもこの場所に行ってしまいました。
この狂気の儀式のシーンは、映画やドラマで観たほうが、恐ろしさが伝わりやすいように思います。流木を叩いてリズムを取り、「ウッウッ、ハッハッ」みたいな音頭を皆が取っている。今回ドラマ版には、この場でブリッジする少年が追加されていて、そこがちょっと新しかったです。
後日ジャックのアジトのシーンでは、なんとカオスの中、タップダンスをやり続ける子どもまで登場するんですよね。ここはちょっと、面白過ぎた。
宴についてピギーは「肉を食べるのは悪いことじゃない、元気にならなきゃ」みたいな主張で、積極的に参加してしまいました。対してサイモンは「罠だ!」と言い、この宴の存在自体を否定しています。
宴の途中からは、雲行きが変わり雨が降りだします。サイモンの悪い予感は的中。サイモンの死によって、少年たちの世界から善が消え去ってしまったのです。悲しい。
ドラマ版【蠅の王】のラスト(完全ネタバレ)
ドラマ版のラストは、原作に近い筋書きでした。士官はラルフに様々な質問をします。
まず開口一番の士官の言葉「イギリス人か?」が衝撃的。槍を持ち雄叫びを上げながら浜辺に飛び出して来た子どもたちが、士官を見てスッと素に戻るのが面白いです。次々と出てくる子どもたち。士官は怪訝な顔で、少年たちを見ます。
「みんなで戦争でもしていたのか?」「全員無事だな?」「戦争で死人は出ていないだろ?」士官は、死人が出たと聞き顔色を変えました。リーダーは誰かと聞かれても、ジャックは固まっていて手を上げませんでしたね。こういう人は、大抵無責任なんですよ。
そして自分がリーダーだと答えるラルフ。ラルフはそういうところが偉い。こうなってしまったことも含め、自分の責任なんだと認めているんです。まぁ逆に言えば、この場合そうするしかない。ジャックに手を上げさせ、リンチを誘導したと言わせるわけにはいかないのでね。
子どもたちの仕草を見れば、外の世界から見れば異常な事態だったことを、実は皆がわかっていたということでしょう。それとも集団ヒステリーに呑まれ、我を見失っていたのか?客観的な視点が入ることで、過ちが過ちと認められるラストは通快です。
ただ実は、外では大人たちが戦争をしている。結局ラルフの身に起こったことは、大人の世界で起こっていることの縮図だったのだと、気づかされます。
ドラマ【LORD OF THE FLIES / 蠅の王】の総合的な感想
「蠅の王」は、どのバージョンでも秩序ある文明社会がいとも簡単に崩れていく様を綿密に描いているように思います。だから見ていて、とても不安定な気持ちになるし不快です。
「人を殺めてはいけません」とか「人の物を盗んではいけません」など、ごく普通に共有されている共通認識が狂った世界は、恐ろしい。
ドラマ版は、トータルで4時間ほどあるので、映画版では描ききれなかった登場人物の過去の回想シーンなども追加されていました。特にジャックやサイモンのキャラクター描写が濃く、原作にはないエピソードまで追加されています。これによって各キャラクターの性格が、親をはじめとする周囲の大人・社会の影響を受けたものだとわかるようになっています。
脚本や製作総指揮を担当したジャック・ソーンは、少年たちが以前いた社会の価値観を島に持ち込んでいる、と語っています。ドラマ版では、各エピソードごとにピギー、ジャック、サイモン、ラルフとそれぞれの少年に焦点を当てていました。よって修道院暮らしだったジャックが、寂しい生き方をしていたことや、ラルフに軍人の父親がいたことなどがより詳細にわかるようになっています。
例えば疎開する直前、子どもたちが飛行機に乗り込むシーン。おばから溺愛されているピギーを、遠くから1人ぼっちのジャックが眺めるシーンが生々しく描かれます。子どもたちは皆、保護者との別れを惜しんでいるのに、ジャックにだけは身寄りがないんです。
だからそもそもジャックが救助を求めていたかどうかは、疑わしい。他がどうだったかはちょっと忘れましたが、ドラマ版ではジャックが序盤に「1週間は島で楽しみたい」みたいなことを言います。
こんな感じで登場人物の背景が映画版よりも綿密に描かれているので、悪者のジャックにも多少同情できるようになっていました。また一般的に正しい側とされるラルフやピギーの落ち度も、鋭く描かれていたような気がします。
またドラマ版は原作へのリスペクトが強く、言い回しもそのまま使われていたりして、そのような部分も楽しめました。
まとめ
ものすごく長くなってしまいました。でも実はまだあるんです。それらはまた原作・映画版・ドラマ版の比較みたいな記事として、しばらくしてからアップしたいと思います。
ラルフの民主主義からジャックの独裁へ移行する時間は、あっという間。これぞ蠅の王、という感じでした。まぁ、今はポピュリズムが蔓延するような時代なので、こんな感じの作品ばっか追ってますが、平和が保証されて暇になったら、タイムトラベルの考察とかをしつこくやりたいです。こいつ暗い作品ばっかり大好きやな、と思わないでくださいね。
最後までお読みくださりありがとうございます!








